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研究内容

 私たちの身体は常に様々な外的・内的刺激に曝されています。それらに対して、多様な恒常性維持機構がはたらくおかげで、健康状態が保たれています。病気になるとその恒常性維持機構が上手くはたらかなくなるのですが、元の健康な状態にすぐに戻る場合と、病状が継続する場合があります。その違いが何に起因するのかはまだ明らかにされていません。
 骨髄由来免疫抑制細胞(Myeloid-derived suppressor cell; MDSC)は、がんや炎症など様々な疾患で出現する細胞で、免疫抑制能を持つ細胞です。“がん”では抗がん免疫細胞を抑制しており、“がん”の進展を助けています。つまり、MDSCは身体の健康にとって余計なことをしています。
 健康な身体に不要なMDSC がなぜ出現するのか?そもそもMDSCとは何か?を明らかにするため、研究を進めています。これらの問いを明らかにできれば、「健康」について知ることができ、様々な疾患に対抗する術の開発に繋がると考えています。

エピジェネティックな制御機構

 免疫チェックポイント阻害療法は様々ながん種に対して有効な治療法ですが、2~3割程度の患者さんでしか有効性が認められず、その抵抗性の克服のための併用療法の開発や効果予測バイオマーカーの同定が待たれています。MDSCは抗がん免疫応答を抑制することで、がんの進展を促進します。MDSCの除去によりがんの退縮が認められ、また、免疫チェックポイント阻害療法の無効症例ではMDSCが多く存在していることから、MDSCは免疫チェックポイント阻害療法とは異なる作用点を介して、がんを増悪化させていると考えられています。

エピジェネ
免疫チェックポイント阻害剤とMDSC

 エピジェネティックな制御機構は様々な生命現象で重要な機能を担っており、ヒストンアセチル化やDNAメチル化などが主な機構として知られています。これまでに当研究室では、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤であるバルプロ酸が、MDSCの腫瘍への移行を阻害することを見出しています。これにより、腫瘍内で抗がん免疫細胞が再活性化されることで腫瘍の進展を阻害されることを明らかにしています。(J Pharmacol Sci 2018, Oncoimmunol 2020
 MDSCにおけるエピジェネティックな制御機構を解明することで、MDSCをターゲットにした新規がん免疫チェックポイント阻害剤の開発に繋げたいと考えています。

バルプロ酸によるMDSCの腫瘍への浸潤阻害

グルタミン酸による免疫抑制能の増強

グルタミン酸

 G-CSFは顆粒球の分化・増殖・機能を制御するサイトカインであり、がん化学療法に伴う主要な副反応である発熱性好中球減少症の予防・治療薬として用いられている一方で、担がん生体においてMDSCの増加や腫瘍転移の促進などの作用を有することも報告されており、MDSCを介した免疫毒性が示唆されています。この点を明確にするため、当研究室ではG-CSFがMDSC に与える直接的な影響について調べました。その結果、G-CSFがMDSCのT細胞増殖抑制能を増強することを明らかにしました。そのメカニズムを明らかにするためにRNA-seq解析を実施し、細胞外グルタチオンの加水分解を担う唯一の酵素である γ-glutamyltransferase 1 (Ggt1)を責任因子として同定しました。さらに、G-CSFによってGGT1発現が上昇し、グルタチオンを分解することでグルタミン酸が生成されていました。また、グルタミン酸が代謝型グルタミン酸受容体2/3(mGluR2/3)を介してMDSCのT細胞増殖抑制能を増強することを見出しています。さらに、発熱性好中球減少症モデルマウスにG-CSF投与したところがんの進展が亢進されましたが、GGT1阻害剤投与により打ち消すことができました。
以上のことから、GGT1阻害剤によって、がん化学療法に伴う発熱性好中球減少症に対するG-CSFの薬理効果を損なうことなく、MDSCを介した免疫毒性のみを阻害できる可能性を示したと考えています。(Front Pharmacol 2022, Biol Pharm Bull 2018

G-CSF-GGT1によるMDSC免疫抑制能増強

加齢や疾患による肺炎重症化

肺炎

 新型コロナウイルスの出現により、「高齢」「基礎疾患」が肺炎重篤化における強力なリスクファクターとして「超高齢化社会」に突き付けられました。リスクファクターとなる本質が何かについて興味を持っています。
 高齢マウスではMDSCが増加していますが、2本鎖RNAを肺に投与(ウイルス感染の模倣)したところ、若齢マウスに比べて高齢マウスでは肺炎がより亢進していました。また、慢性腎臓病(COVID-19重症化の強力なリスクファクター)モデルマウスにおいてもMDSCが増加しており、高齢マウスと同程度の肺炎を呈していました。
 さらに、MDSCの出現が肺炎重篤化の原因であることを明らかにするために、MDSCを若齢マウスに移入したところ、2本鎖RNA投与による肺炎がより亢進しました。以上のことから、加齢や疾患によるMDSCの出現が肺炎重篤化において重要であることを明らかにできました。(Front Immunol 2023

MDSCによる肺炎重篤化
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